大般若経の書写は、5年の年月をかけ宝亀六年(775)に完了した。開成は落雷のあった場所に六角堂を設け、仏像や仏具とともに大般若経を奉納した。弥勒菩薩の出現を待つことにちなんで、六角堂は弥勒寺と命名された。開成は貴賤を問わず人々の長寿と幸福を願い、三度地面にひれ伏した。すると、四方の木々も枝をなびかせて開成と同じように頭をたれて礼をしたという。
画像出典元:勝尾寺所蔵「勝尾寺縁起」〔貞享元年(1684)〕
天皇の支援と荒神
妙観の来訪と千手観音像